新宮東宝ボウル会報8月号 特別寄稿

                                ボールは馬の背中をころがって

                                                          沢田 桂吾
 暑いですね。
 梅雨も明けて、いよいよ夏の盛りがやってきます。
それにしても、今年の梅雨にはすっかりやられちゃいました。最初は「空梅雨」と油断させておいて、
急にまとまって襲ってきたのですから。大雨注意報や、洪水警報などが、あちらこちらに発令されていました。 
でも、ま、ボウリングは天候に左右されることなく楽しめるので、雨なんてどうってことはありませんよね。
 このあいだも、外はじゃじゃ降りなのに、快適にボウリングをすることができました。
 そのときのことです。
 あるフレームで8本カウントになりました。残ったピンはE番I番です。カバーしようと、いつものラインをい
つものリリースで、いつもどおり投球しました。ボールは狙った軌跡を描きピンへ向かいます。朝飯前のコケ
コッコ。やったねスペア。と、おもった瞬間、ボコ。鈍くてわびしい音がしました。なんとボールは、I番ピンを
かすりもせず、E番ピンだけを真っ直ぐに押し倒したのです。
 「びえ〜。チョップやん!」
 E番I番のあいだに、定規をあてて、スパッと切断したような見事さでした。
 あまりにもはっきりとしたその明暗を見て、ふいに鳥肌がたちました。戦慄の記憶がよみがえったからです。
 小学校の低学年。二年生くらいでしょうか。放課後。帰り道。横断歩道をちょうど渡り終えたとき。突然、後
ろからバチバチと騒がしい音がしました。振り返ると、道路をへだてた向こう側が、激しい雨に打たれていま
す。わたしのいる場所は日が照っていて何事もありません。横断歩道の途中にいた子が、あわててこちら側
へ走ってきました。信号がかわります。車が流れ始めました。対岸はどしゃ降りです。残された子たち数人が、
悲鳴をあげながら隠れる場所を求めて逃げ惑っていました。雨は、粒ではありません。白いストローのような
棒になって無数に落ちてきます。子供たちの叫び声は、雨に濡れるからという以上に、棒に叩かれる辛さに
満ちていました。
 こちらの静穏とあちらの叫喚。
 自分が横断歩道を渡った刹那、線がひかれた…
 信号が青になりました。みんながいっせいに駆けてきます。全員ぐしょぐしょに濡れていて、何か恨み言や
悪態をつぶやきながら、わたしの横を通りすぎて行きました。
 私は震えていました。恐かったのではありません。
 子供心に運命の厳粛な分かれ目を感じたのでしょう。人智の及ばない神聖に遭遇したとき、人は条件反
射のように、ただ、震えるものなのかしれません。
 後年。「夕立は馬の背を分ける」と、ききました。馬の背の片側だけに雨が降る。それくらい、夕立は局地
的なものなんだ、ということでしょう。
 雨の季節は過ぎました。
 でもみなさん。安心してはいけませんよ。
 ボウリングを涼やかに楽しんで気を抜いていると、どこからともなく夕立の馬が現れるかもしれません。ス
トライクにならず複数のピンを残してしまったときが一番あぶない。あなたのレーンを、すーっと、馬はよぎっ
て行くのです。レーンにボールを投げたとおもっていたものが、実は錯覚で、本当は馬の背中だったらどうで
しょう。
 あっ、と声をもらしても、もうおそい。
 ボールは馬の背中をころがって、やがて、右か左かどちらかの運命だけをあなたにつきつけるのです…
 こうしましょう。今年の夏。ボウリングをするときは、必ずフロントで確かめてください。そうです。
 『チョップ注意報』が発令されていないかどうかを。


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